あああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
よかった…
語彙はこれでいい…
たくさんあったとてこれを選ぶ…
いい…
さて、先月末まで絶賛修羅場でございました。
修羅場以前になんかめっちゃ熱出て、オロナミンCみたいな色の鼻水出してたりしてほんとやばかったんですけどなんとか乗り切りました。
本当は公開して早々に観にいく予定でしたがそんな余裕はなく…
なのでだいぶ公開から落ち着いた段階で初視聴となりました。
ちなみに今回も都内に関わらず、私含め三人の会場となりました。
人がいない条件を極限まで選定している私のやり方です。(映画館少人数チャレンジが癖になってる)
まぁ私のそんな事情はさておき。
すんごいいいもん観た…!!!!
いや、なにがいいって
全部いいんですけど。
なんだろう。でも観たらわかるというか。感じてほしい。あの素晴らしさを。
ストーリーの構成も、絵のダイナミックさ鮮やかさも、特に音楽は本当によかった。
私は音楽に詳しくはないのですが感覚的に音楽への良し悪しは結構ハッキリしています。自分の感覚の話なので、世間的なものではないパーソナル且つ生理的なものであることは悪しからず。
なにから語るべきかと思うのですが、総じて私の感想は題名である『青春の瞬き』に集約されています。
椎名林檎に同名の楽曲がありますが、それをお借りしてはいますが歌詞に沿ったというわけではありません。
いやまぁ、全く沿ってないわけでもないんですけれど。
一言で表すなら『青春の瞬き』。
観ている私たちがまばたきするのを忘れるほどの作品でもありました。
彼女たちのほんの一瞬で一生で鮮烈な光を見せられました。
ジャングルポケットが主役でありながら、多角的群像劇を思わせるのは『競馬』という文化と歴史のなせるものであると思います。
それぞれにきちんとストーリーがバックグラウンドがある。
観れるのであれば各キャラからの視点も観てみたいと思わされるほど濃密な二時間弱。
スタッフさんはどれだけのシーンを削ったんでしょうね。
でもきっちりと時間の中に凝縮して、だけど無駄なくそして少しの余白がいい緩急となってました。
ジャングルポケットが主役でよかったなと思わされるのはその爽快感かもしれない。
スポ根の王道をきっちりこなしてくれたいいキャラでした。
いっそ恥ずかしくなるほど清清しいまでの『これだよこれ』をやってくれる作品が昨今の少年漫画でもあっただろうか。
男女の違いをあれこれ言うのは無粋かもしれないが、可愛い女の子たちの華やかさが泥臭さをいい感じに中和してくれてどの場面もキラキラとしていました。
『ポッケなら大丈夫』とフジ先輩が言ったように、必ず大団円にしてくれる安心感のあるキャラでした。本当にかっこよくて可愛かった。
何をどう語ろうかと思ったのですが、とりあえず見出しにして語っていこうと思います。言いたいことが右往左往すると思いますがどうぞ。
青春の瑞々しさ
最初から最後まで感じていたのはこれです。
なんでしょうね。他作品を引き合いに出すなら『サマーウォーズ』に近いんじゃないでしょうか。夏の描写も相まって本当に学生生活の空気感を感じました。これを青春と言わずして何と言うか。
学生とは言え勝負の世界に生きる少女たちの葛藤や切望、焦燥なんかが爽やかな中にツンと鼻の奥を掠める。お祭りの時の花火の火薬の匂いだったり、海の潮の香りだったり、早朝の草花の匂いだったり。昔に見たある同人誌で『プールの匂いが泣いた後に似てる』というようなことを言っていて妙に納得したのを覚えている。カルキの匂いだと思うけれど、似ている。プール終わりの授業のけだるく、夕方が近づいてくるようなでもまだまだ日が高くてなんだかセンチメンタルになる瞬間。どこか遠くに終わりを感じるのだ。そういう情景が端々から薫る。4DXで観たわけではないけれど、それが表現されていて、教室の窓から彼らを眺めている気分になった。
学園祭の前日のような浮き足立つ感覚。後夜祭のような物悲しさ。
一瞬で画面から消えるアイテム一つ一つにさえ込められている。
夏の照り返しも、秋の訪れも、冬の透明感も、春の明るさも画面を彩っていた。
なんというか、ともすれば全て『理想的』な描写なんですよね。
例えば、合宿所の扇風機。この令和の日本の夏には似つかわしくないのは常識として私たちはわかっているはず。湿気と熱気とでエアコンを国から推奨される現代日本としては『ありえない』光景。ナベさんの小屋にあるブラウン管のテレビもそう。ないことはないし、昨今のレトロブームでリバイバルしてあえてレトロな家電を出している場合もあるかもしれないけれど、ナベさんに限ってそうではないことは明白で。
どこかちぐはぐな情景が差し込まれていて、よくよく見れば違和感があるのに総じて引きで観ればしっくりくる。
歩きスマホの青年に間を譲るフジ先輩の描写に『おっ』となる。
とりわけ時代錯誤な描写の多い合宿所の描写の中に、ここが『現代』だということを突きつけてくる。その後のラムネの描写がまた時代を錯誤させる。
うまいバランスで入れられているなと思った。
最近の言葉を使うなら『エモい』描写だ。
日本の『夏』というのは独特だ。虫の声、暑さ、蚊取り線香、蚊帳、スイカ、カルピス、麦茶…日本人なら誰もが『これが夏!』という要素も、海外から見たら『これが日本!』となるような特別なものかもしれない。
その要素だって時代によって移り変わるのに、あえてそれを描写したように思う。
『日本の学生の物語』であると、どこか象徴としての『非現実感』を感じた。
『今』であって『今』でない。私はこの作品を10年後の夏にも観たいと思った。
10年後の日本の夏はもっと変わっているかもしれない。だけれど概念としての夏はこれなのだ。
『アキハバラ電脳組』というアニメ作品に『2011年の夏休み』という映画がある。題名からわかるとおり2011年より前に作られた映画だ。『2011年の未来』を描いた作品は当時から見ても『懐かしい』と感じられる描写で、2011年に観たときも2011年以降に観たときもその感想は揺るがなかった。
私たちの中になるいつまでも変わらない『日本の夏』はそこにあるんじゃないだろうか。
スタッフさんが描きたかった彼らの青春にそれは欠かせなかった。
君たちの青春ってこういうものだろ?
それを真っ向から描いてくれたように思う。
ありがとうございます。
魅せたいものを大胆に描く
最近のアニメを観ないのでこういう物言いはよくないのかもしれないが、『力の入れどころ』を見極めた作品だと思った。
なんというか、昨今のアニメはCG任せに『力を抜く』ことに長けてきた一面があると私は思っている。それは悪いことでは決してないし、力の抜きどころがあると魅せたい場面を引き立たせるので抜くべきところは抜くに限る。
それとは逆に『全編無駄なく美麗で丁寧』な作品も多い。技術的な発展がそうさせているのもあるし、目の肥えた視聴者を納得させるための画策だとも思う。
CGが多くても場面が美麗ばかりで進められても私は苦手で(これは私の感覚なので悪しからず)そういう意味で緩急のついた作品に出会うにはどうしても昔の作品ばかり好んで観てしまう。(あくまで私の価値観です)
その私が新時代の扉を観ていて思ったのは『昔のアニメみたい』だった。
力強く走っているメインキャラの場面やポーズをとるオペラオーなんかの迫力ある筆遣いのメリハリは、作画スタッフが鼻血を出しながら描いたのではないかと思うほどだ。
描写だけ見たらバトルマンガの効果線や勢い線に近い。
協力スタジオを見て納得はしたけれど。
でも多分そういうことだ。ここぞという場面に通常にはない明らかな『力の入れよう』を出している。メリハリと言うにはもはや作品を変える勢いだけれど、時速70㎞を出して『勝利』を目指す彼女たちの気迫や覚悟を表現するにふさわしい『力の入れよう』だと思った。
スピードを出すだけならCGに任せてもいい。でもスピードと気迫と覚悟を表現するならこうだ、という技術を見せ付けられた。
そのまま光になってりまうんではないか、音の壁にぶつかるんではないかという迫力をあの大画面を通して感じだ。いっそシートベルトでもないと私の方が座席から振り落とされそうだった。
3D技術の最先端のサイゲームスがこれをお出ししたのだ。
アニメ業界のことはわからないが、メリハリのバランスは特出したものだったのではないかと思う。
RTTTの時もそうだったけれど、新時代の扉はさらに洗練されていたように感じた。
レースの表現もさることながら、レース名がドン!と書き出される漢字も庵野英明監督や押井守監督の作品のような臨場感も感じた。今まさに始まるぞという緊張感が伝わってきて何度もハンカチを握り締めた。
シン・ゴジラを映画館で観た人たちはこんな感じだったのだと思う。
多分だけれど、起動戦艦ナデシコやエヴァやパトレイバーなんかを観てきたオタクにはたまらなかったと思う。
YOU GET TO BURNING!
アグネスタキオン
目薬差してやりてえ。
恐らくそういう仕様なのはわかっています。全然まばたきしないね、タキオン。
それがまたタキオンの狂気や焦燥を表していて良かった。彼女の追い詰められた感情がまばたき一つに凝縮されていた。
まばたきをした一瞬で何かが変わって、壊れてしまうのを恐れていた。
目をつぶったら二度とあけられなくなってしまうかもしれない恐怖もあったのかもしれない。
タキオンがフジ先輩の対だったと思うんですが同時にオペラオーともそうだったのかなと。
プレッシャーが各方面違っていたのが誰も理解できないし相容れないのがいい。
持たざるものの苦悩だけではない。持つものにも苦悩はある。
誰かの苦悩に対して誰かが答えを持っている。傍観者である私たちは『それだよ!』と教えてやりたい気持ちになる。
めんどくせえタキオン。まっすぐでどうしようもないポッケくんと純粋なダンツちゃんとかまってやらないけど見捨ててもやれないカフェがいてくれてよかったね。
今日現在が確かなら万事快調よ。
走り出したタキオンに幸あれ。
ジャングルポケット
なんでこんなにまっすぐで気持ちのいい子なの????親御さんにご挨拶させて。
本当に主人公がポッケ君でよかった。
躊躇する暇なんて惜しいくらい前へ前へ行く彼女は良いよね。正しいよね。フジさん。
傷がついたって、その価値は変わらない。
負けたって勝てなくなったって、ダービーウマ娘である事実は変わらない。
そうだよねって思いました。
ダンツフレーム
かわいいな、オイ。
ふわふわの喋り方も表情もめっちゃかわいい。ヒロインか?ヒロインか。
自分に自信がなくても勝ちにこだわっていいよね。
勝ちきれないことは負けているとは違うもんね。
オッチャホイって何?かわいいことしかわからん。
マンハッタンカフェ
死なないか心配だった。血を吐くんじゃないかと思った。
よかった。よかったよ。
タキオンに対して色々思うところあっただろうにそれでも一緒の部屋にいてくれたってことはタキオンのこと気にしていたんだろうな。優しいよね。
まぁ、話し合ってどうにかなる問題でも相手でもないことはわかっていたからどうすることもなかったんだろうな。
カフェとタキオンの相性ではどうにもできないだった。
ある意味で相性の悪い問題はお互い理解していたんだろうな。
それでも一緒にいたのはそれはもう友情じゃん。
フジキセキ
あ~~~~~~~~~~~~
かっこいい…
ポッケが憧れた人がフジさんでよかった。
色んな苦虫を噛んで、でも笑顔でいれたのはポッケだからってのもあるかも。
ポッケだったから嫉妬も昇華できたし、悔しさも期待に出来た。
だけどポッケだから諦めることもできなかった。
だって走っていない自分でも慕ってくれるんだもん。
どう応えたらいいかってずっと思っていてくれたと思う。
どうしようもないことは世の中にごまんとあることを知るにはまだまだ子供だっただろうに。
ちゃんとポッケに対して真摯に大人でいてくれた。
笑顔のままあてつけのようなことを言ってしまったとき、ちょっとホッとした。
ちゃんと走るために前を向いて立っていたのはフジさんも一緒。
走れなくても、歩くことしか出来なくても。
立っているのがやっとでも。
あなたのようになりたいですフジさん。
ナベさん
好きになるしかないじゃん…
ナベさんも夢を追っている人だった。
競馬という世界が色んな人が関わっていることを思い出させてくれる存在でしたね。
フジさんとの距離感とか関係性もよかった。
きちんとトレーナーとしてのリスペクトと信頼を感じて推せる二人でした。
ヤンチャなポッケとポッケ軍団に慕われてる二人いいよね…
フジ姐さん…
いいね…
テイエムオペラオー
かっこよ…
色々あるんですが、もう体力がないのでとりあえずこのあたりで。
いい映画でした…
応援上映行きたい。
