「今日、『春の匂い』しませんか?」
ここの子達はなんて純粋でクリエイティブなんだろう。
そう言って必死に言葉をかき集めて『春の匂い』を説明する彼は「なんて言ったら分からないんすけど…『春の匂い』がしました」としりすぼみに歯がゆい顔をする。
うん、『春の匂い』がするね
そう返すので十分だし、私も『春の匂い』をうまく説明できない。四季があり、言葉豊かな日本という国に生まれても『春の匂い』を説明するのは難しい。
でもわかっている。『幸せの匂い』と同じだ。
『春の匂い』と『幸せの匂い』は別々の子から発せられた言葉だけれど、臆することなく自分の感覚をハッキリ投げかけてくる2人は集まるべくしてここにいる気がした。
同じ職場だと言うのにタイミングの問題でお互いは数回しか顔を合わせたことは無く、なんなら私を介してお互いの話を聴くような不思議な関係だった。
別に昔はどうのこうのと引き合いに出す訳では無いけれど、今の子達は随分素直に感情を口に出すんだなと関心した。
特に男の子なんかは「あのキャラクターがめちゃくちゃ可愛くて!」「あの話は辛すぎる!」と喜怒哀楽をわかりやすく表に出すため、見ているこちらは『素直ないい子』と思う他『おもしろい』と思ってしまうのだ。
『春の匂い』なんて詩的な表現を、臆面もなく素直に発するその姿の瑞々しさが私にはたまらなく眩しく美しいと思う。
桜はまだまだ先だと思っていたのに、河津桜の開花のニュースが飛び込んでくる。
桜前線はどうやらスタートを切ったらしい。
就職を機に3人がバイトから卒業する。
『幸せの匂い』を口にしていた彼女とは最終日のシフトが同じだった。
「あのね、今日の占い最下位だったの。だけどね、ラッキーパーソンが『最後に挨拶する人』でね、それってそーしちゃんだ!って思ったの!私のラッキーパーソンだよ!」
こんな素敵なサプライズがあるだろうか。
最後の日に誰かの『ラッキー』になれるなんて偶然はそう訪れなさそうだ。
例えテレビの12星座占いのお遊びみたいな内容だって、彼女がそう思ってくれるのなら私は『ラッキーパーソン』なのだ。本当に彼女にとってラッキーだったのかはわからないけれど、新たな門出を最後に祝える人に選ばれたことを幸福に思っている。
彼らの行く道が豊かで、実り多いものだといい。
春はもうすぐだ。