概念と哀愁

notion & emotion

父と洗濯の神社【夢の話】【ちょっとオカルト】

 

私は滅多に夢を見ない。

『夢を見ない』というのは言葉の綾で、もしかしたら見ているかもしれないけれど覚えていることがないのだ。だから夢の感覚があるまま目覚めることは珍しい。

 

覚えている夢はほぼ悪夢だけれど。

 

もともと幼少期から寝言をよく言う子供だったと聞いた。そのほとんどがうなされていて、とてもいい夢を見ているような感じではなかったらしい。

自分でもその自覚はあるし、おそらく楽しい夢よりも印象が強いので本当は悪夢ばかり見ているわけではないかもしれないけれどそう錯覚しているのかもしれない。

 

何度か同じ夢を見ることもあれば、妄想か白昼夢だったのかもしれないという曖昧なものもある。脳科学的なことを言えば、夢は記憶や脳の整理によるものだというから私が作り出したもので間違いないのだろう。

とにかく夢を見ること=悪夢な私にとって、『夢を見る』ことはとても疲れることなのだ。

 

『夢枕に立つ』とは、死んだ人間が自分の夢に現れることだ。

もうすぐ盆も近い。東京と地方とでは盆の期間はズレることもあるけれど、私の育った環境ではお盆は8月の今の時期を意味している。

 

父が死んで12年経った。

小学校を上がる前に離婚したため普通の親子のような関係は築けなかったけれど、私はファザコンと呼んでいいほど父が好きだった。好きというより多分人間として尊敬した部分があったのだと思う。尊敬できない部分もたっくさんあったけれど、自分の前にいる父はなんとなく『この人はすごい』と思わせるカリスマがあったのだ。

妹が産まれてすぐに糖尿病を患って余命半年を言い渡されたにも関わらず20年生きた。最期は末期ガンだったけれど、自分の症状を知らずに他人に治療されるのを嫌がって独学で病気を調べ上げ、医者と手術について意見し合うような父だった。医者としては勘弁してほしい限りだとは思うがそういうところが尊敬できたのだと思う。

50を過ぎても趣味の競馬を楽しむためにパソコンを自作していたのには驚いた。決して自慢できることではないのだが、ある事情で刑務所に入っていたときには服役中刑務所内の図書館の本をほとんど読みつくしていたと聴いた。

真っ当では決してなかったけれど、父の探究心と知識への意欲だけはたぶん誰よりも高かったことだけは確かだし、私はそんな父を尊敬していた。

 

最期は色々と揉めながらも(この話はまた別でします)父は逝ってしまった。

元々余命を言い渡されてから20年生きているので、63歳という若さではあったし悲しかったけれど『長生きしたな』と思った。

死んでしまったという事実よりも会いたいと思っても会えないという事実が寂しかった。

 

夢でも出てきてくれないかな。

実際何か話したいことはあまりなかったけれど、会えたら嬉しいだろうなと思った。

でも10年経っても夢には出てきてくれなかった。

別に幽霊が視えるわけでもないし、父も私に何か伝えることはなかったのかもしれない。

母の夢には何度か出てきてくれたらしい。離婚したとは言え、父をこの世の誰より頼っていた母にとって父の死は大きく、今現在でさえ父に会いたいと泣くくらいだ。

娘の私でなくても心配になる。多分、だから父は母のところに時々顔を出すんだろう。

 

妹に「パパの夢見たことある?」と聴くと「一回もないよ」と答えた。

少しだけ寂しかったけれど、娘二人のたくましさに父が心配していないことに安心した。生きている人間が出来ることのほうがきっと多いと私は思っている。私だって泣いて縋りたいときはあるけれど、心配で離れられないのは父が可哀想だ。本来父は自由人だから、魂は縛られずにいてほしい。死んだ人は生きている人を幸せにするために存在しているわけではない。

 

 

 

先日夢を見た。

母が入院生活の弱音から『パパが夢に出てきてほしい』と言った翌日の夜だったと思う。そんなことを言われたからか考えていたからなのか父が夢に出てきた。

 

そこは海だった。浜辺と言えばいいのか、波が大きく立っていてすごい迫力だった。

正確に言えばそこは神社だった。

海の波打ち際あたりに鳥居にも門にも見える重厚な建物が並んでいて、その開いた門から波が押し寄せてくる。

たぶん誰もが考えるような海の中にある鳥居みたいな感じではない。現実にあるものとして近いのは厳島神社だがどちらかといえば首里城のような建て構えの門が並んでいて、ジブリ作品のような大波がそこから寄せて返してくるのだ。起きてからそのような場所があるのかと検索したが同じような場所は見当たらなかった。

 

その大波にたくさんの人が海水浴を楽しむようにゆられていた。門から波がうねるたびに浮き輪に乗った人たちが門の内と外に出たり入ったり。波のプールの光景のようだ。その神社さえなければ波を楽しむお客さんでいっぱいの海でしかない。厳かな佇まいと海水浴場が変なマッチをしている。

夢の中ながら少しの違和感と、見たことがないけれどあまりに物語性のある絵に私は妙な高揚感を感じた。

 

『この神社はなんの神社なの?』という独り言のような疑問に、その神社の関係者なのか、門の上でライフセーバーのような役割をした若い男性が

 

『洗濯の神社だよ』

 

と拡声器で言った。(本当にライフセーバーみたいだ)

洗濯?あぁ、だからこうやってみんな波にゆられて洗われてるんだな。などと夢の中特有の変な納得をした。

それ以上の情報もなかったし、神社なのだからきっとご利益があるのだろうと私は目の前の砂浜で波にゆられる人々と厳かな神社の門を見ていた。

朱塗りの門と晴天と青々とした海が美しかった。

 

ふと隣を見ると父がいた。

 

私は夢の中だったけれど、これが夢のようなものという自覚があって、そういえば父が夢に出てきたことがない話をしていたなというメタ的なことまで考えられていた。

父は何か言っていたような気もするし、そうでないような気もする。

そこは何も覚えていない。何か話していたかもしれないけれど何を話したかはまったく覚えていない。

 

『父が夢に出てきた』

 

それだけをしっかり覚えたまま目覚めて、何度か夢の記憶を反芻した。

起きてすぐは夢の内容を覚えていることも多いけれど、時間が経つと忘れてしまうことがほとんどだった。だいたいが悪夢なので早く忘れたいからあまり反芻はしない。結果として『どんな夢かは覚えていないが夢見が最悪』という感覚だけが残る。

今回の夢は悪夢ではなかったし、珍しい情景と父が出てきたことを覚えておきたくてなんとか記憶することが出来た。

 

夢に意味があるのかはわからない。自意識の作り出したものだというなら尚更だ。

ただ、私の知識や経験に『洗濯の神社』はないし10年以上父が夢に現れたこともない。

何か具体的な指針を提示されたわけでもないし、感動的な後日談や補足があるわけでもない。

ただそれだけの夢だ。

 

実際そういう場所が本当にあったとして、私が見つけられていないだけかもしれない。

夢の中とは言え音だけで『洗濯の神社』と解釈したけれど、本当は『選択の神社』だったのかもしれない。

特に神様にお会いしたわけでもない。私は神社にいたというのになんの願いも頼みも、ましてや何かご挨拶的なこともせずただその情景を見ていただけだったので、神様に呼ばれたという実感もない。

せっかくの海だったのに入りもしなかったなと思った。

父とただ並んで座っていただけだった。

 

その情景を絵に起こしたいのだけれど、上手く表現できそうもない。

 

 

オチのない変な話にお付き合いいただきありがとうございました。